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2009/08/19 (Wed) 101個の仮説ちゃん
2009/08/12 (Wed) Fiestaに行ってきた!

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このブログで“仮説”を立てなくなってけっこう時間がたつ。
ここでいう仮説っていうのは、いわゆるネタ的なもの。
初期は思いついたこと寝かせたり、構成も練って書いていたけど、
すっかりそういうこともしなくなった。
101個でとめてるのは、キリもいいし、もういいかなあと。
エンタメに仕上げるみたいなところでモチベーションが
あがらなくなっちゃったのはなんでだろ。

当時よく使っていた方法を振り返ってみようか。

たしか、共通項のある事例を2つ3つ並べて、
そこから導き出されそうなもっともらしい帰結を、
あさっての方向に飛ばして締める、というものだった。

スタイルとしては、どうでもいいことをさもありがたそうにわざといかめしく書く
というのが初期によくあったパターンで、こういうポーズきめて書くような冗談は、
他のことを他の態度で書いたり、実際に対面で話をしたりする度に、キャラが割れる
ようで妙に居心地が悪いなあと感じていたものだ。

また、バランス勝負みたいなところに毎回挑んでる感覚を当初は持っていて、
そんなやる気はどこから来ていたのだろう。

うむ、こういうダラダラ振り返ってみるの、また今度やってみよう。

PataLibreClubの1周年記念ということで、Fiestaに行ってきました。
思った以上に人がたくさん来ていて、ごきげんなままに朝までFiesta。

会いたかった人にたくさん会えて浮き足立っちゃったなあ。
ハシさん、ダビさん、ホセさん、シモネさん、アドリアンさん、マヤさん、マタゾロケムタリさん、いりえさん。
ぼくに分かる範囲で言えば、オールスターズ勢ぞろいでぜいたくな時間でした。

欲を言えば、うどんさんやsueさんに会えなかったのは残念。
sueさんは広島からわざわざ贈り物をしてくれていたり、番組の愛されっぷりが分かります。

個人的には、行く前にBBQで飲んでいたこともあり、酔っ払うのが早いか、
交流を深めるのが早いかという状態だったのですが、タッチの差で飲まれましたかねえ(苦笑)
一夜、二夜あけて思ったことには、もうちょっといろいろ質問したり、
語ってもらったりすればよかったなあということ。
まあ、そこはFiestaってことで、楽しんだことでよしとしましょう。

最後に、モチベーションについて。
ぼくは過去に3回、スペイン旅をしているのですが、そのときのあまりに楽しい思い出を
ひきずっているのだなあと実感したFiestaでもありました。
まあ、そのへんは違う機会にでも書こうかなと思ったり、思わなかったり(笑)
語学に関しては、特にモチベーションがとても大切だと思うのですが、
そういう意味では、PtaLibreClubがあればだいじょうぶということで♪

スタッフの方、参加された方、楽しい夜をありがとうございました。

サプライズ・プランナーの悲劇という話を去年シャレで書いたのだけど、どうやらホントにそんな事業を立ち上げる人がいるらしい。
サプライズプランナーって言葉自体は、すでにブライダル業界とかでちらほら使われてるものなんだけど、ググるとなぜか拙ブログが一番上に出てきて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
この募集の依頼主のケースはブライダルに限らず、もっとサプライズ自体に焦点を当てて膨らませた事業展開が予定されているよう。

「新規株式会社の社名」:サプライズサービス事業 | Lancers

5:サプライズをしたい人と、サプライズ業者のマッチングサイト運営


マッチングがなされるほどサプライズ業者がいる社会!ゆだんなりませんなあ。

7:サプライズプランニングの資格設立


これは実現したところを見てみたい。陰ながら応援しようっと。

基本的にこういうニッチな資格設立の動きは応援したい。まず単純に多様性ウェルカムっていうのがある。なかなか日の目を見ない「得意」が救われるかもしれない。仮に資格乱立の状態だよねっていう感覚がよりいっそう世間一般に広がって、ちょっとゲップしそうになったとしても、「それもありなら私だってこんな資格を作れるじゃん」と考える人が増える。そんなふうにして、既存の資格取得に燃えるよりはオリジナルな資格を自分で作って起業する人が増える社会。そっちのほうが次につながるように思う。

ちなみに仮説テントでは、実現が望まれるその他の職業として、「タメ取扱主任者」「癒され屋」という仮説を過去に立てていますので、よっぽど暇な人はどうぞ。



前に紹介したPataLibreClubの番外編pataNEGRAclub 13で、
仮説テントを紹介していただきました!
個人的には、今もっとも熱いコンテンツなので、うれしいのなんのって。
8月8日のfiestaが楽しみでしょうがないです。

僕一人で盛り上がっててもしょうがないので、
番組の魅力を知ってもらうきっかけとして紹介したいのがこの回
- pataNEGRAclub 8

番外編ということで特にゆるゆるの回なのですが、
ビールを飲みながらこの回を聞くっていうのは、
この夏のスタンダードになりそうです(笑)
ラテン好きのみなさんは試しにどーぞ。

人の気分が、少なからず環境に左右されることを思えば、
そのモードが切り替わるポイントを把握しておくことは、
大いに自身を助けることになるだろう。
個人的に探究心が呼び覚まされるのは、たとえば本屋にいるとき。
これはけっこう効果があって、たいていはやる気が出てくる。

きっかけが人の場合もあるし、映画の場合もある。
いろんなジャンルで、いろんなスイッチ。
気分屋な自分と計画的な自分の折り合いをつけるため、
とにかくうまく機能する“スイッチ”を探している。

そんな中、勉強カフェなるものがあるというので行ってみた。
勉強カフェは、スクールの中からカフェを取り出したような雰囲気だった。
もっといえば、普通、スクールの中にカフェがあるものだけど、
カフェの中にスクールが生まれるようなひっくり返しが起きていて興味深い。

学びに興味がある人たちが集まるということだから、そのような場所に漂う空気、
会話によって、日々のモードの切り替えができるといいなあと期待している。
澄んだ感じのステキな管理人さんがいらっしゃって、
そんなカラーは人の集まり方にも影響するだろうから、
これから起きること、生まれることが楽しみだ。

乱用傾向にある「かわいい」は、すべて「分かりやすい」に置き換えてみてはどうか。
もしくは、「あらかじめ持っていた分かりやすいイメージに合致してなごむー」とか。

そうするとたとえば「おっさん、かわいい」も理解できる気がする。

でも、単にgoodの意味で使われてる「かわいい」はまた話が別なんだろうな。

人間は放っておいてもストーリー思考によって世界を理解する、としてみる。時系列にしたがい、エピソードを蓄積し、直線的に物語を進行させる。他者理解、未来予測の手立てとしてのストーリー思考。その一番馴染みのある方法によって、よくは分からないものを理解しようとするのはある意味で理にかなっている。しかし、それではバイアスの魔の手を逃れられないという実感もある。思い込み、思い入れの元凶としてのストーリー思考。少なくとも「今、ここ、私」については、プロット思考のほうが機能するんじゃないだろうか。即興との親和性からしても、可能性を感じるのだよなあ。

『扉をたたく人』@恵比寿
映画の紹介ではなく、思ったことをメモ的に。

役割というものについて考えさせられた。
社会生活を送る中で、しばしば役割を演じあっているのがこっけいに思えるときがある。相手の役は自分のもので、自分の役は相手のものでありえることを思うと、役に縛られて感情的になる必要があるのかどうか、と疑問のほうが先に立つことがあるのだ。

他者に与えられた役を演じるうちにそれが自我となってしまい、人間対人間のものとは到底思えないコミュニケーションが繰り広げられる様は、あまり気持ちがいいものではない。そのような類の違和感が、属性で判断したりされたりすることを嫌う理由の一つかもしれない。

重要な小道具として使われたのが、ジャンベだったのはとてもよかった。何より感情移入がしやすかった。実際とっつきやすい楽器だし、マインドというか、参加の敷居が低いことはとてもいい感じだから。おまけに周辺の楽器との技術の交流が生まれやすくて、その“教える、教わる”の役割交換が人の属性を無化するし、健全な関係性を生む。すると自然に、人間を職業や立場だけで論じたりする罠に引っかからなくてすむ。

役割の交換は、人の想像力を助ける。

人はそれぞれの環境、状況、いわば舞台設定の中で、それぞれの役を無意識的に演じているようなものだ。パターン認識と感情タグ。これらをあらかじめラフな台本があるというふうにとらえると、人の振る舞いと、即興で演じることとの境を判別しがたくなる。台詞を練習したという意識はないから、演じていることについての自覚の有無がひとつのポイントになるのだろうか。

たとえば、『史上最高のラブレターを書くには?』とかいう本があったとして、まあなんかテクニックみたいなことがまとめられていて、とどのつまり「あなたの状況に応じて加減が必要です」とかなんとか言われたものの結局、「そのためには、まず史上最高の恋をしなさい」など言われてげんなり。という方向ではない方向でモノを考えていきたい。つまり、精神論ではない方向で。

たしかに、たいていの物事の判断は、状況によるのだ。
小学生の頃に読んだ雑誌かなにかで、“世界一短い手紙”という短いお話があった。
どこかの国で作家が編集者に宛てた手紙が「?」。編集者が返信した手紙が「!」。
「こないだ書いた私の本、売れてる?」の“?”であり、「売れてるよ!」の“!”だったというわけだ。
この話が本当だったかどうかは知らないが、このエピソードはおもしろいと思う。
このやりとりを成立させているのは、何かを伝え合う以前に、双方がかなりの認識を同じくしていたということ。それがある状況においてのみ、有効であったということ。
決して同じ状況なんて訪れない中で、いったいどれだけ前提を共有すれば、僕らは理解しあえるのだろう。

Tatsuro Yamashita "Love Space"


Alice Clark - Never Did I Stop Loving You


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