『千の風になって』(原題『私の墓の前で泣かないでください』)について知ったのは、
今夜が初めてだった。
乾いた見方をすれば、身近さが人の心に届きやすく(たとえば風)、
想像力を助けるのだし(ミスチルでもそう、鉄コン筋クリートでもそう)、
それが個人的な体験と結びついてこそ、人は意味を実感するのだろう。

人が突然、不本意に死ぬのは、理不尽に死ぬのは、どんなにいいやつにもそのような事態が起きうるのは、どんなに貴重な時間をともに過ごした、
どれだけ深く共感しあった大事な友にもそのような事態が起きうるのは、
また、一度でも愛した人にそのような事態が起きうるのは、
誰にとっても哀しいし、悔しいことだろう。
一度ならずとも百度でもそのようなことが起きうるからには、今まさにあなたの周りにいる
誰かのために、精一杯の想像力を使っていただきたいと思うのだ。

僕が友の自殺の詳細を知ろうとしないまま時間を過ごし、現実を直視することを避け、
ようやく心の準備ができて、彼の墓を訪ねようと彼の田舎へと足を運んだとき、
今はもういない親友の母が言った。
「お墓なんかに行っても、○○くんはいないよ」
彼の母は、どのようにその解釈にたどり着いたのだろうか。
彼女なりの身近な事象を、どのようにして強さに変えたのだろうか。

大事なことは明らかだ。
“残された僕ら”には、せめてものできることがある。

子供に愛を。
親に感謝を。
友人に敬意を。
恋人に約束を。

つながりに想像力を。


















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